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出典など | コメント | ||||||||||||||||||||||||||||||
| 2010/5/7 | ツール・ド・フランスは職人の巡歴した旅 | 二十世紀になって自転車競技で有名となったツール・ド・フランスは、もともとは職人たちが修行のためにフランス各地を巡歴した旅のことを意味している。メネトウは、自らの巡歴の様子を誇らしげに、しかし淡々と描く。 | 福井憲彦の書評(日本経済新聞2006/4/30) 「わが人生の記」ジャック=ルイ・メネトウ 白水社) |
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| 2010/5/7 | コペンハーゲン市は、世界唯一のUCI指定のbikecity | コペンハーゲン市は、UCI(国際自転車競技連合)から、2007年、世界で初めて、現在でも唯一のbike cityの称号を与えられており、2007年からの4年間に主要な自転車選手権を6回開催する。自転車トラックワールド・カップ 2008,2009年、自転車トラック世界選手権2010,CSCコペンハーゲンサイクリング2010,BMX世界選手権2011,自転車ロード世界選手権2011など。 | bikecityCopenhagen | |||||||||||||||||||||||||||||||
| 2010/5/7 | 自転車乗車率 | オランダ 27% デンマーク 18% ドイツ 10% イタリア 4% フランス 3% イギリス 2% |
OECD2004 | |||||||||||||||||||||||||||||||
| 2010/5/7 | コペンハーゲン市は、自転車利用率36%、5年後50%を目指す | コペンハーゲン市は、通勤・通学の自転車利用率はすでに36%、2015年までに、50%達成を目指している。自転車道は370キロに達している。 | UCI Track Cycling World Championship |
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| 2010/5/7 | ミュンスター市、車、自転車の利用率逆転 | ミュンスター市は、市内にくまなく自転車道が整備され、300キロ、。信号は自転車優先に設計され、自動車よりも早く着く。氏の調査では982年に「車39%自転車29%」だった利用率は、07年には「自転車37%車36%」に逆転した。 | 朝日新聞2010/4/29 | |||||||||||||||||||||||||||||||
| 2010/3/6 | 「愛するものは」 | 永瀬清子の詩集「短章集」から、サイクリングに関係する短章があったので、参考までに掲載します。この「短章集」には、こうした短い”短章”がびっしりつまっています。 ******** 愛するものは死の世界からどんなに切なく私らを抱きたく思っているか。 息子は周囲の街や山をサイクリングするために、いろいろな地図をほしがっていた。大きな山に登ることも、海へ泳ぎにいくこともまだ彼の健康には負担すぎた。 すると丁度お盆の仏具をとりだす時、棚の隅から五万分地図が数十枚出て来た。このあたりのものばかりでなく、中部地方の、息子の大学のある方面のものも半数以上ふくまれていた。それは三十年も前に亡くなった祖父が集めていたものである。それより又三十年以上も前、祖父が学生の時、角帽と袴をつけて明治の自転車を友人と並べて写していた黄色くなった写真のことを私は思った。 「さああげるよ」と息子のため祖父が地図をとりだしてくれたことを私は感じた、その思い出写真はこちらをむいてかすかに笑っているのであった。 同じ日に赤ん坊をつれて来た彼の姉は、おしめの用意がすこし足りないと云った。 私はたんすの底から、探しだした亡き母のゆかたをほどいて、大いそぎで数枚のおしめを作った。洗いさらされていたがそれはこまかい鳴海しぼりだった。 涼しい縁先で眠っている赤ん坊が冷えすぎないように、娘は作ったばかりのおしめを小さなお腹の上にのせておいた。 部屋に入って来た私は、母の、そして赤ん坊の曾祖母の袖が、眠っている小さな赤ん坊をじっと抱いているのに気がついた。 |
「短章集」永瀬清子 思潮社 2007/2/28 p.54 |
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| 2010/1/9 | 自転車の乗り方とTwitter | Twitter2010/1/9から |
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| 2010/1/9 | 自転車に関係あれば | 上の欄の発言に対する私の返事(コメント) | Twitter2010/1/9から | |||||||||||||||||||||||||||||||
| 2009/12/7 | カナダ・モントリオールでレンタサイクル「BIXI] |
2009年5月から開始。ITを活用、駐輪場は太陽電池で運用。パソコン、iPhoneで最寄りの駐輪場や在庫の有無の検索可能。数百メートル間隔で330箇所。8月から400箇所へ。8月から米国ボストン、ロンドン、カナダ・オタワで実証実験中。ニューヨークでデモ走行。年会費78カナダ・ドル(=6800円)。1日利用料5カナダ・ドル、30分以内無料。 | 読売新聞2009/10/20 | |||||||||||||||||||||||||||||||
| 2009/9/6 |
ニューヨークも自転車通勤者急増 市議会で「駐輪」2条例可決 | ニューヨーク市議会は7月末、 1つはテナント従業員が職場に通勤用自転車を持ち込めるよう、 もう1つは施行から1年以内に、 市の運輸委員会によれば、 ニューヨークの都市計画局が行った07年の調査で、 条例は例外事項を設けており、 また、 今回の条例は、ブルームバーグ市長が目指す交通渋滞、 |
ニュースのトピックス:米国2009.8.18 08:32(フジサンケイビジネスアイ) | |||||||||||||||||||||||||||||||
| 2009/8/8 | 沖縄の誇り |
「先週から、お伝えしているように、 これまでは映画やデザイン、テクノロジー、食べ物、 日本の別府史之、新城幸也選手がレースを終えるころ、 彼は沖縄・石垣島の出身である。 ぎばりょー(石垣方言で「がんばれ」) 新城選手!」 |
筆者:ドラ・トーザン(仏人エッセイスト) 東京新聞2009/8/3「本音のコラム」欄 |
私が勤務している財団法人日本自転車普及協会が主催しているTO 2009/8/3の東京新聞の「本音のコラム」に仏人エッセイストのドラ・ |
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| April19,2009 | 自転車関係書籍一覧 |
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読書の部屋へ | |||||||||||||||||||||||||||||||
| March 18,2009 | 人生は自転車 | 人生とは自転車のようなものだ。漕ぐ脚を止めてはいけない。 | アルバート・アインシュタイン | 私は、「自転車は世界を動かす」というスピーチのなかでも「自転車操業というと、悪い意味でとられるが、われわれ自体が、 」と述べたように、自転車は人生のシンボルと思っているのだが、アインシュタインのこの言葉は、そのエッセンスを言い尽くしている。脱帽。 |
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| March 16,2009 | 勝間和代さんと自転車 1.勝手自転車普及協会 |
「しかも、これは私の影響ではなく偶然ですが、いま、My自転車を注文しているとか。勝手自転車普及協会の私としてはまさしく、うれしい動きです!!」 注)ここで私とは、勝間和代さん、My自転車を注文しているのは、押切もえさん(モデル)である。 ( 3/11/2009) |
「勝間和代の公式ブログ:私的なことがらを記録しよう!!」から <http://kazuyomugi.cocolog-nifty.com/private/ |
今日本で一番輝いている女性の一人、勝間和代さんが、勝手自転車普及協会を名乗っているのを知って、日本自転車普及協会としては、大変心強く感じた。 | ||||||||||||||||||||||||||||||
| March 16,2009 | 勝間和代さんと自転車 2.アイデアの浮かぶ3上 |
私にとっての(アイデアの浮かぶ)3上は、「お風呂」「自転車」「人と話しているとき」です。…都内はほぼ「自転車で移動していますが、愛用自転車に乗っているときは圧倒的にアイデアが浮かびます。p.212
(注) 宋の時代の、欧陽脩という学者の「3上」は「馬上」「枕上」「厠上」である。 ( 3/11/2009) |
「起きてることはすべて正しい」勝間和代 ダイヤモンド社 2008/11/28 p.212 |
自転車関係者に、「自転車普及のためには、自転車を取り入れた充実したライフスタイルを世の中の人たちに提示していくという姿勢が求められていると思います。」(月刊誌「バイシクル21」2004年9月号など参照)と言ってきたが、勝間さんは、まさしく優れたライフスタイルをみずから提示し、実践しておられ、敬服。 | ||||||||||||||||||||||||||||||
| March 16,2009 | 勝間和代さんと自転車 3.勝間式スタイル・勝間式グッズ |
自転車:通常都内は、ナビ付き自転車で移動している。最近は国内出張時も、「輪行」と称し、新幹線や飛行機にも自転車を乗せ、現地でツーリングを楽しんでいる。自転車に乗っているときに、体も動くためか、アイデアが浮かぶことが多い。有酸素運動と知的生産が同時にできて、健康にもいい。いまや勝間式スタイルを語るときに、不可欠のアイテムとなっている。多くの読者が追随し、その効果をともに実感している。」 巻末には、運を戦略的につかむ「勝間式グッズ」として、自転車関連では、「折りたたみ自転車:DAHON「HeliosSL」、 「GPS付き携帯ナビマイタックジャパン「Mio DigiWalker V325」」、 「ロードバイク:トレック・ジャパン「 SL 5.9 WSD 3/11/2009 |
「起きてることはすべて正しい」勝間和代 ダイヤモンド社 2008/11/28 p.341 |
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| Jan.25,2009 | 志賀直哉(1883~1971)と自転車 |
「十代の志賀直哉は、自転車に大いに情熱を燃やしました。 「私は十三の時から五六年の間、殆ど自転車気違ひといってもいい程によく自転車を乗り廻してゐた。学校の往来は素より、友達を訪ねるにも買物に行くにも、いつも自転車に乗って行かない事はなかった」(『自転車』) 愛車は、米国製の「デイトン」というブランド。色は、蝦茶がかった赤。学習院中等科に進んだ時、祖父にせがんで買ってもらったものでした。値段は百六十円。三、四年後にはこれが古びて傷んできたこともあって、「ランブラー」というブランドの新製品に買い換えています。横と斜めのフレームは、黒、縦のフレームは朱という配色の美しさが、一目見て気に入ったのでした。価格は百四十円でした。 この時代、十円あればひとり一か月分の生活費になったといいますから、当時の自転車は現在の自動車並みの値段であったことなります。志賀家には、直哉少年にそれを買い与えるだけの経済的余裕があったのです。… 直哉は、これらの自転車で、住まいのあった麹町、麻布界隈をはじめとする東京あちこちを走るだけでなく、江ノ島や千葉、横浜まで遠乗りに繰り出しました。横浜往復などは平気の平左、頻繁に出かけていたと言いますから、たいへんな健脚ぶりです。 街を走っていて自転車に乗っている人を見かけると、わざと並びかけて競争をしかけ、ロードレースの真似事をしたりもしていました。そんな直哉に、もしツール・ド・フランスを観戦する機会があったなら、どんなに喜び勇んだことでしょう。想像してみただけで、こちらまでちょっとウキウキしてしまいます。 普通の乗り方に飽き足らなくなると、直哉は、前輪を高く上げ、後輪だけで走る「曲乗り」にまで挑みました。そのために、前の歯車の数を増やすという「愛車の改良」まで実行しています。 直哉の、物事に取り組む真剣で徹底的な姿勢の一端が、青少年期の自転車熱の中にも読み取れる気がします。」 p.68 |
「鉄棒する漱石、ハイジャンプの安吾」矢島裕紀彦 志賀と直哉と堀辰雄の対比 岡崎武志「読書の腕前」に 「薪を思い切り放るのが志賀文学(「焚火」)で、薪を放ることができないのが堀文学(「晩夏」)ではないか」と(p.252)あるが、志賀は自転車を乗り回すほどの健康体だったのだし、堀は当時宿痾とされた肺結核を抱えていたのだ。(2009/10/16記す。) (補足) |
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| Jan.22,2009 | 自転車を走らせ従軍志願へ | 「 ピーター・ブレナンの自叙伝の一節であるが、たまたまハロー校で博物学の教師を勤めていた彼が、夏休みを利用して教え子である某伯爵の一人息子と自転車旅行に出ている。宣戦布告のニュースをきくと、二人はそのまま、旅先から自転車を走らせてロンドンに駆けつけ、従軍志願者の長い行列に並ぶ。彼は無事に通るが、少年は十六歳を二十歳と詐ったのを見破られて拒ねられる。ぐるっと廻って、また、行列の尻尾につく。三度目に遂々業を煮やした曹長がわざとそっぽを向いている中に、勇躍、関所を通り抜けてしまう。 それから四年半の後、一人は片脚になって帰り、一人は遂に還らない。 ああ勿体ない、イギリスに自転車が二台、余分になった。帰還した日に埠頭で初めて愛弟子の戦死をきかされると、ニヤッと笑ってそんな独白をいう。こんな場合こんなひねくれたことをいってみる癖がイギリス人には多分にある。他人に涙なんか見せられるものか。 しかしわれわれが心を打たれるのは、従軍のためロンドンに自転車を走らせる途中の、若い師弟の様子である。何の興奮もなく、何の感傷もない。ただ、淡々として、ある種の揚羽蝶の羽紋の特徴を論じている。いつもの顔、いつもの声がいささかも変わっていないというのである。しかし十六歳の少年が命を捨てに出かける首途に、何の感傷もないというのは可笑しい。 二人は途中の小さな村の郵便局に立寄り、間を曇ガラスに仕切られて向かい合った二つの机にめいめい寄りかかって家郷に電報を書く。教師は、ふとガラス越に、鉛筆をなめながら文案を練っている丸くかがんだ少年の肩が、「母親の乳房から引き離された仔犬のように」小刻みに、ごく小刻みに震えているのを見ている。しかも一旦、外に出ると、少年は何事もなかったように、平然と、蝶の話をつづけるのであった。」 |
「自由と規律」池田潔 岩波新書 1949 p.75 | |||||||||||||||||||||||||||||||
| Jan.19,2009 | リース・パブリック・スクールの自転車 | この町(ケムブリッジ)の街頭ではこの学校(リース・パブリック・スクール)の学生の姿はほとんど見られない。イギリスの中学生がよく冠っている紺の羅紗の小皿のような制帽をチョコンと後頭部にのせた彼等が、大きな食糧の包みを篭に入れて、三々五々嬉々として自転車を郊外に走らせるのが見られたら、それは一学期二度の休日なのである。近隣の遠い田舎に家庭のあるものの多い彼等は必ず一台ずつの自転車をもっていて、学期が始まるとわざわざこれを大切そうに汽車で運んで来る。リースの現在学生数を精確に計算するもっとも簡単な方法如何。それ来たと思うから一同眼交ぜをして黙っている。車庫へ行って自転車の車輪の数を算え、これを二で割る。ここで一同笑う。それを手で制して、ベルの数を算えて一で割る方法もあるが、これは君等の頭脳では少し難しい。一同拍手。この学校の数学教師の、年々歳々、型の如き開講の辞である。 |
「自由と規律」池田潔 岩波新書 1949 p.62 | |||||||||||||||||||||||||||||||
| Dec26,2008 | 自転車の絵 | モーリス・ド・ヴラマンク1876年パリ生まれ。ヴァイオリン奏者や競輪選手として生計をたてながら、独学で絵を学び、ゴッホに影響されて激しい色遣い、筆触の作品を描くようになります。1958年没 |
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| Dec.26,2008 | 5人目の3大グランツール制覇者 | アルベルト・コンタドールが、ブエルタ・ア・エスパーニャを制して3大グランツール制覇者の一人に。5人目。アンクティル、ジモンティ、メルクス、イノーに次ぐ5人目。 | 3大グランツール :ツール・ド・フランス :ジロ・デ・イタリア :ブエルタ・ア・エスパーニャ |
2009年7月26日、今年(2009年)のツール・ド・フランスをこのアルベルト・コンタドールが制した。 | ||||||||||||||||||||||||||||||
| May 06, 2007 | 自転車には男と女がある | 「自転車は人間みたいだって考えてみたことありますか?つまり、いろんな機械のなかで、自転車だけに男と女があって」 |
「どんがらがん」アブラム・ディヴィドスン著の中の「さもなくば海は牡蠣でいっぱいに」(この短編小説は、自転車屋を営む共同経営者オスカーとファードの話である。)p.87 | |||||||||||||||||||||||||||||||
| July 09, 2006 | 熱狂する自転車競走 [一ヶ月にわたるフランス一周耐久レース |
「さて、それでは、野球に興味のないフランスでは現在の新聞のスポーツ欄のトップ記事は何か、つまり初夏の季節、フランス人のもっとも関心のある運動競技は何かというと、日本にいる日本人でこれに正しく答えられる人はおそらくほとんどいないであろう。
じつは、これがなんと、自転車競走なのである。 自転車競走といっても日本の競輪のような競技場内での競走ではない。いわゆる長距離ロードレースで、それもえんえん一ヶ月にわたってフランスを駆けめぐるというという超長期耐久レースである。しかもそのコースのなかにかならずピレネーの山岳地帯とかアルプス山中とかのような急勾配の坂道が入っており、参加選手にとっては、人間の体力、気力の限界を試されるはなはだしく過酷なレースである。p.75 「首相より知名度が高いレースの優勝者」p.76 「このレースはフランスを一周するという意味でトゥール・ド・フランスと名づけられているが、すでに今年で六十七年という長い歴史をもっており、このレースの覇者は国民的英雄として永遠ににフランス人に記憶される栄誉をになうことになる。 日本の競輪ファンは国民のごく一部に限定されているが、フランスの自転車競走のファンは文字どおり老若、男女、貴賤、インテリ非インテリを問わない。 四、五年前の夏のある休日の午後、フランス人もまじえてブリッジの会を催したことがあった。 そのとき、私のパートナーのフランス人の中年女性が急にプレーを止めて、今日はトゥール・ド・フランスの最終日で、今ちょうどテレビでシャンゼリゼ通りの決勝点を映していると思うから、ちょっとブリッジを中断してその場面を見たいといいだし、驚いた記憶がある。 その婦人は日本語の漢字も読めるくらいのたいへんなインテリで、しかもブリッジが飯より好きといった感じの女性であったが、そのような女性でもトゥール・ド・フランスとなると、ブリッジを中断してでもテレビを見たがるのである。 「マナーの悪い日本のケイリン競走ファン」p.78 「日本の競輪もそのスピードとスリルは素晴らしいものがあると思うが、どうも日本では自転車競技は国民のあいだで多少白眼視されているような気がする。 これはおそらく一部の競輪ファンがときどき焼き打ちなどの問題を起こすことがその原因であろうが、見物人のマナーが悪いためにその運動競技そのものが冷たい眼で見られるとすれば、選手たちが気の毒である。 一部のマナーの悪いファンのために、自転車競走のような美しい運動競技が正当に評価されないのはまことに残念である。 ......... 聞くところによると、日本のケイリン競走も近いうちに世界選手権種目に入るとのことだが、相変わらず日本の得意種目の輸出という発想ばかりでなく、トゥール・ド・フランスのような耐久ロードレースを日本にも輸入してみたらいかがであろうか。 ヨーロッパの一流選手がトゥール・ド・ジャポンに参加する時代が来れば、日欧間の理解も一段と進むのではないか。」p.79 |
「幸福先進国フランス」秋川陽二 講談社 1981.4.10 ¥1200E p.286 | |||||||||||||||||||||||||||||||
| July 03, 2006 | 「自転車で痩せた人」 高千穂遥 著 | 「「自転車で痩せた人」高千穂遥著 NHK出版 700円」 の紹介記事あり。 「自転車ライフで3年で25キロ減量。青年時代の体形に戻り、快眠快食です。」との著者のコメント付き。 |
日刊ゲンダイ2006.6.27に「話題の健康本著者を直撃!」と題して | |||||||||||||||||||||||||||||||
| June 22, 2006 | 自転車の歌のwebsites | http://www.h3.dion.ne.jp/~machi/b-songs.htm
http://www.geocities.jp/shingen_news/MUSIC/230bicycle.html http://bicycleuniverse.info/stuff/music.html |
bicyclesongs bikesongsのwebsitesへどうぞ。 | |||||||||||||||||||||||||||||||
| May 18, 2006 |
大分市のバイシクルフレンドリータウン創造事業 |
大分市は、 「バイシクルフレンドリータウン創造事業」として 「大分市自転車利用基本計画」を2006年3月作成した。 また、 [おおいた自転車マップ]も作成、配布している。 |
問い合わせ先は、 大分市都市交通対策課 097-534-6111 |
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| May 01, 2006 |
ツール・オブ・フランスのいわれ |
「二十世紀になって自転車競技で有名となるツール・オブ・フランスは、もともとは職人たちが修業のためにフランス各地を巡歴した旅のことを意味している。メネトラは、自らの巡歴の様子を誇らしげに、しかし淡々と描く。」
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日本経済新聞 2006/4/30 読書欄「わが人生の記」ジャック=ルイ・メネトラ著 白水社の書評(評者:福井憲彦)から引用 | |||||||||||||||||||||||||||||||
| May 01, 2006 | 自転車関係雑誌記事 | 雑誌「Pen 2006/5/1号」(自転車のある美しい暮らし) 雑誌「AERA 2006/1,8合併号」(自転車大好き魅力と進化) |
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| March 08, 2006 |
木製の自転車 |
2001/5/4(金曜日)曇り、時々小雨ブワンガ付近のキャンプ地/カスール付近のキャンプ地
「相変わらず道行く人が途切れない。木材やサトウキビを頭に乗せて腰を振る女たち、両手にニワトリをぶら下げた男たち、木製の(!)自転車で坂道を下る子供たち……。身なりは貧しく、緑の中に点在する土の家は家畜小屋のように見える。水浴する母と子供、ぬかるみを自転車でゆく農夫、穴や水溜まりをよけて蛇行し、巨体を軋ませて這い進むバスやトラック……。ともかく人々は行き交い、泥の道の上を交通している。 それにしても木製の自転車には驚いた。というより感動した。今までも貧しい土地はあちこち旅してきたが、さすがに木製の自転車はなかった。荷台に薪や荷物をくくりつけ、登りはこれを押して歩き、下りは跨って走り下りる。チェーンはないから機能的には手押し車なのだが、これが実によくできている。よほど売ってもらおうと思ったくらいだ。」 |
「52歳、駆け抜けたアフリカ」戸井十月 (新潮社2001年)p.171~180 (引用者注:タンザニア連合共和国での記事 2010.6.1付記:木製の自転車と言えば、佐野末四郎さんがマホガニーで造ったものがある。2009年及び2010年のハンドメイド・バイシクル展(自転車文化センター)に出品され、世間を驚かせた逸品で、現時点では、最速に近い自転車と目されている。 |
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| March 06, 2006 |
自転車特集雑誌 |
「BE-PAL」(小学館発行)2006年3月号「自転車で暮らし変えませんか」p.21~55
「自転車生活vol.3」(枻出版発行)バイシクルライフ4月号増刊 「funride」(株式会社ランナーズ発行)2006年3月号「ヒルクライムの走り方んぶ見せます」 「サイクルビジネス」(株式会社グローバル発行)2006年3月号 「Bicycle21」(ライジング出版パン発行)2006年3月号「スポーツジャーナリスト・長田渚左さんに聞く」 「CYCLE SPORTS」(八重洲出版)2006年3月号「オーダー車の逆襲」(p.46~55) 「CYCLE PRESS」(インタープレス発行)2006年3月号「06台北ショー過去最大規模で開催」 「Winning Run」(日刊プロスポーツ新聞社発行)2006年3月号「第59回日本選手権競輪(GI)」 |
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| February 09, 2006 |
記事紹介:「サライ世代の自転車活用術」 |
サライ2006年4号のp.74~98に特集環境に、体に優しい乗り物 サライ世代の自転車活用術」が掲載されています。 | (サライ2006年4号) | |||||||||||||||||||||||||||||||